「老獣のおたけび」稽古場鼎談

薄平広樹 × 中村まこと × 山本タカ 

いよいよ開幕が迫る、くちびるの会 第7弾「老獣のおたけび」。稽古序盤の8月某日、作・演出の山本タカ、象になる父を演じる中村まこと、中村演じる父の次男・明利を演じる薄平広樹にお話をうかがいました。


「くちびるの会」に刺激をもらいたいし勉強したい(中村)


――お稽古はどんなふうに進んでいますか?

山本 ちょうど一周やってみたところで、今は可能性を模索している段階です。(中村)まことさんが「象になってしまったお父さん」という役を演じてくださるのですが、やはり本物の象を出すわけではないので、象としてどう振る舞うかを相談したり、「象になってしまったお父さん」という存在を目の前にした周囲の反応はどういうものになるかだったりをつぶさにつくって、これから整えていこうとしています。お客さんの想像力を信じてどこまで投げかけていいかという部分を見定めながら稽古を進めている感じです。

薄平 僕は「くちびるの会」には何度も参加しているのですが、初参加のまことさんが、どんな印象を受けているのかが気になります。

山本 あ、それは僕も聞きたいです。

中村 僕は、戯曲はいくつか読ませていただいたけれども、ほとんど予備知識なしに参加して。ただ、僕自身はすごくストレートな重たい芝居もするし、コントみたいな芝居もするし、振り幅が大きいほうなので、あまりどこに行ってもその集団のカラーとかを気にすることはないんですよ。その台本を、世界を、うまく面白く魅力あるものにするにはどういうふうにやろうか、というだけで。

山本 当惑もせず。

中村 うん、当惑もせず。あ、当惑するときもあるよ。「みんな若いのにすっごい真面目だなあ」って(笑)。僕がその年齢の頃は舞台の上でふざけてるだけだったから。そういう気持ちはありますね。

山本 まことさんが折々「真面目だなあ」とつぶやかれるので、「真面目なんだな、僕ら」って思います(笑)。不真面目にならなきゃって気持ちにもなるし。

中村 いやいや、ならなくていい(笑)。僕がそうだったのは、90年代がそういう雰囲気だったから。だから真面目にやるっていうのはいいと思います。

薄平 たしかにこの稽古場は、まことさんがいろいろぶっこんでくれています。それで、これは僕が感じていることですけど、「なにやったっていいんだよ」「失敗したっていいんだよ」っていう空気を作ってくださっているように思えます。すごくありがたいです。

中村 ありがとうございます(笑)。僕はそういう手法が身についちゃってるんだよね。稽古の最初はぶっこめるだけぶっこんでみる。超真面目にふざけて、いろいろやって、「まことさん、それやめて」「今ふざけたでしょ」っていうのを経て、シンプルなほうに削っていく、というのが多い。そこで「この劇団は、ここまでふざけるとダメなのね」「ここがOKなら、あそこのシーンはこうふくらませても大丈夫かな」とか無意識にやっているから。

――「くちびるの会」は、どうして中村さんにオファーをしたのですか?

山本 「くちびるの会」にとっては約3年ぶりの長編公演というのもあって、新しいものをつくりたいなと思いました。今回のキャストは、まことさん以外「くちびるの会」によく出ていただいている方ばかりで、そのメンバーでつくれるものもあるんだけど、稽古場に刺激を与えてくれる俳優さんがいてくれると作品づくりが活気づくんじゃないかなと思って。実際、まことさんって不思議で、アイデアとしてすごく助かるところと、普通に大ふざけしているところがあるんですね(笑)。ただ、大ふざけでも計算をしながら演じていると感じるので、「さすが、まことさん」と思わされる。みんないい刺激を受けているなと思います。

薄平 あと単純に、今までは20代の僕らが50代、60代を演じてきたのですが、まことさんはリアルにその世代なので、やっぱり全然リアリティが違う。それで、「年齢が上の役を演じるってハードルが高いんだな」ってことを改めて感じました。そういうことも考えることができました。

――逆に中村さんはどうして今回「くちびるの会」に参加されたのですか?

中村 「若手劇団とやりたいな」ということです。それが一番大きい。プロデュース公演で若い方とご一緒することは多いんだけど、劇団で若手の方とやるってことは滅多にないから。「くちびるの会」は二回り下の若手劇団ですから、こっちとしては逆に刺激をもらいたい、勉強したいっていう気持ちです。それが一番ですね。

――実際、若手の劇団とやっていかがですか?

中村 そうですね、真面目です。

一同 (笑)

中村 すごく丁寧。タカくん(山本)の演出は、俺が今までご一緒した演出家の中でも一番丁寧な部類です。

山本 そうなんですか!

中村 うん。役について「僕はこう考えている」「背景はこうで」とかすごく丁寧に話すから。稽古で実際に演技しているより、ノート(ダメ出し)の時間のほうが長いなって時もあって(笑)。それはちょっと新鮮です。

山本 心配性でいろいろ言っちゃうのは、自分の性格でもあります(笑)。僕は34歳になるんですけど、20代の時は勢いというか、音楽を流して台詞をでっかい声で言って、というので押し切っちゃっていました。でもここでひとつ、お客さん一人ひとりの人生にきちんとうち響くような作品にしたいという思いが、そういう稽古になっているんだと思います。

――「くちびるの会」によく参加されている薄平さんから見て、山本さんの演出ってどうですか?

薄平 これはタカさんの素敵なところだと思っているんですけど、役者のアイデアがそのまま作品に採用されて、ストーリーも変わってきたりするんですよ。そういう提案しやすさがあります。僕はこの5年くらいご一緒しているのですが、途中からそういう創作に変わったなと思います。この状況だとどういう感情になるだろうね、みたいなことをより具体的に、より細かくやっているなと感じています。

山本のつくる作品が変化してきた(薄平)


――この『老獣のおたけび』という作品は、ある日突然、故郷で暮らす父が「象」になってしまう話で、老いていく親の姿や、息子としての気持ち、田舎特有の人間関係などが描かれます。どうしてこの作品を書かれたのですか?

薄平 今回、けっこうタカさんの体験も反映されてる脚本なんですよね。

山本 はい。自分の家族の体験がもとになっているのですが、そのまま書くと距離感がわからなくなりそう、というのもありますし、「田舎で一人で暮らす父の様子がおかしい」っていうのは、リアルにやると観ていてもしんどいと思って。でも「しんどいだけじゃないよね」っていうのをお客さんに観てもらうために、「人が老いていく」ということを象を使って見せようとしています。だから、まことさんと最初にお話しさせていただいたときも、まことさんの実体験をうかがって、そこからまた脚本を書き直したりしました。

中村 そうなんだ。僕は、去年の秋に父が亡くなったんですけど、それまで1年半くらい介護的なことやっていたので。

山本 顔合わせだったのに、僕、食いついて話しちゃって(笑)。

中村 うん、話してたね。

山本 そこで、まことさんがお客さんでも、自分と父親の関係に思いを馳せられるようなものにしないと、ということを思いました。僕はずっと同世代で演劇をやってきたけど、この作品は「同世代に刺さる、同世代の演劇」ではなく、もっと違う世代の方に響く作品にしなくちゃいけないなと思う。だから僕が書いているのは、若手の一人よがりの家族像なのか、それとも父子に流れる普遍的なものが少しはあるのか、みたいなことを、お話をうかがいながら実は考えていました。……すごく真面目ですけど(笑)。

中村 ううん、それは当然の作業ですよ。でもそこでその「象になる」っていうのは、例えば、「ハイバイ」の『て』では、(2009年の再演で)お母さん役を菅原永二がやったでしょう? そういうふうにちょっと異化作用というかね、そういうものがあるなと思って。でもそれが象か!っていう(笑)。とても象になるような演技力はないので、周りの人の演技力にかかっています。

薄平 そのために僕、「ぞうの国」(象がメインの動物園)まで行きましたから!(笑)物語の中で象に触れるので、実際に触れないとなと思って。

――脚本は、読まれてどういうふうに感じられましたか?

薄平 僕はタカさんとは大学からの付き合いなのですが、タカさんってずっと「親友との別れ」を何度も何度も描いてきたんですよ。手を変え品を変え。

山本 それ、前に言われて初めて気付きました。

薄平 それが、きっと環境や心境の変化もあって、「いつまでも子供でいられない」とか「大人になるとはどういうことなのか」っていうテーマに変わってきたのが、前回の『くちびるの展会2』(’21年)だった。短編3作品が上演されたのですが、大人になっても実家に居続ける兄弟の話とか、子供が生まれるんだけどうまくいかない人の話とか、未熟なまま会社を引き継いでしまった息子との話とか、どれも共通して「私たちはいつ大人になるんだろう」「その覚悟っていつなんだろう」「その責任ってなんだろう」っていう問いかけがあって。それが今回、ストレートに描かれているなと思いました。

中村 そうね。僕も最初に脚本を読んだときと今では、感触や思うことがだいぶ違うなと感じてる。最初は、親子の絆というか、いろんなどうしようもないこともたくさん受け入れていくような、親子の話だなと思うことが多かったんだけど、稽古で通して一番思ったのは、息子の明利(演・薄平)が親になる話なんだなっていう。大人になる、親になる、親父になる、父になっていく。うん。そっちかな。

薄平 リアルに父になるところもだし、甘えとか、責任感とか、人との関わり方。僕の中では「いつまでも子供でいられない」っていうテーマがすごくありますね。それをタカさんが思っているのかな、作品に滲み出ていると思う。

山本 意識的にはそう書いてないんですけど、薄平くんに言われて、「ああそういうことを思ってたんだ、自分」みたいなことに気付くことは最近多いです。もちろん、脚本を書くうえでどうしても自分は投影されると思うんですけど、改めて自分がどう思っているかというようなことは自覚していなくて。言われてみると「確かにそういう心境の変化はあったかもな」って。「どこまでフィクションを盛り込みながら、どこまでリアルでいられるか」っていう綱引きをやっていくときに、自分の感覚みたいなものは必要になってくるから、どうやってもそういうものが出ちゃうんだろうなっていうのは思います。

薄平 でも、(「大人になる」というのは)誰もが通る道だと思うから。そこが一番共感できるところなんじゃないかなとも思います。まあ、実際の芝居はもっとドタバタして、こんな深く考えるような感じではないんですけどね(笑)。

「わかりあえないもの」と向き合うことをしたかった(山本)


――「くちびるの会」として約3年ぶりの長編公演だからこうしたい、というような意識はありましたか?

山本 ひとつは、僕は「アイデアを物語にしてみたら30~40分になった」みたいなことが多くて。僕自身もそれを嫌だと思わずに短編作品をやっていたんですけど、もっと作品を通してお客さんに何か感じ取ってもらいたいという思いから、長い物語を書かざるを得ないなというのがあって。そういう意味で、長編として届けられるひとつの物語を書きたかった。それとやっぱり同世代だけではなく、もっといろんな人に観てほしいから。だから今回、「お父さん」という存在を登場させて、そこに僕がきちんと向き合って、それを演じてくださる俳優さんを呼んで、幅広い年代の人に届けられる作品にしようというのは、割と大きな変化として意識したことではありました。

――「お父さん」という存在ときちんと向き合うというのは。

山本 自分と遠い存在や「理解しがたいな」ということをきちんと描きたかったんです。父親ってわかるようでわからない存在だから。そこをわかりきりたい……っていうのはエゴイズムかもしれないけど、きちんとわかろうとする試みはいい加減したほうがいいんじゃないかっていう。そういう人たちが生きる作品をつくらなければ、多分ここから先はないなっていうことも自分としては思うので。それを今のうちにやっておきたいなっていうのはありまました。

――つまり「お父さん」に限らずってことですね。

山本 はい。世代の違いとか文化圏の違いとかもそうなんですけど、「わかりあえない」と線を引くのは簡単だけど、僕自身がこれからも作品をつくっていくうえではそのままにしておけないというか。つい居心地のいい視点で創作しちゃいそうになるので、それはもういい加減よくない?みたいな。そこと向き合わないと、これから若い人の考え方も排除していくような作品をつくりかねないとも思って。そこでわかりたいものが、今回は父親という存在だったっていうところです。一個一個進んでいきたい、っていう。

中村 世界中に散らばっているもんね、そういう理解しがたいようなこと。世代もそうだし、文化、宗教、経済。俺も本当にわからなかった、親父のことが。一緒に住んでない時間ももう40年くらいになっちゃってたからさ。ガキの頃も単身赴任してたし、物心ついて親父と一緒に住んでいたのって10年ちょっとくらいのもんだから、知らない時間のほうが全然長いんだよね。だから介護をし始めた時に、よく知らなくて戸惑った。「こんな人だったのか」っていうのもあるし。最後まで考えが合わなくて、俺と。人生観とかも。わかろうとしたけど最後までわからなかった。

――たしかにそういう感覚は、中村さんの世代だからこそわかることがあると思います。

薄平 やはり僕らの同世代しかない稽古場だと、自分たちの価値観しかないような感じはありました。例えばですけど、「全く人の話を聞かないおじさん」とかも、僕らから見たその人の見た目とか雰囲気からしか推し量れない。そこにどういう人生があって、家族がどうで、とかまではあまりわからないんですよね。でも今回は、まことさんがご自身の家族のことを稽古場で話してくださったりして、それはまだ僕らが経験していないようなことで、「だからこんなふうに思ったりするんだ」と知ることができる。刺激になっています。

――お話をうかがっていると、この作品は「父子」の話ですが、老若男女問わずに「自分のこと」として感じる部分があるんだとわかりました。

山本 普遍的なテーマではあるなと思います。それをどう我々の身に引き寄せるのか、そしてわざわざ現代にやる必要があるのかっていうのも考えたいです。

――お稽古は続きますが、現時点でどんな作品になったらいいと思われていますか?

山本 家族の話ではあるんですけど、僕としては、人間が老いていくのも捨てたものじゃないなっていうところまでいけたらいいな、描きたいなと思います。

薄平 これだけ話したけど、実際はほっこりする話になるんじゃないかな(笑)。あと、コロナ禍でなかなか帰れないけど、ちょっと帰省してみようかなっていう気持ちになるかもしれないです。

中村 そうね。観てくれた人が、一緒に生活しているような感覚、この家に住んでいたかもしれないわってなってくれるといいなと思います。


(取材・文 中川實穗)